「平成・酒呑童子」(中編小説)(ホラー)(女子高生達が主人公)

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 夕刻五時。某ファミレスにて。

「全員、ドリンクバー注文したよね。」
「うん。」
「大丈夫だよ。」
「OK!!」
「そっか、よーーし、沢山飲むぞーーっ!あ、ダイエット中だから、御食事前には緑茶かあの減肥茶飲んだ方が良いわね。」
四人の女子高生達が、学校帰りにファミレスの店内にて、色々話し込んでいる。制服は、全員ブレザーだ。
「そうだ。皆、ちゃんと家には勿論、忘れずに申請してるわよね?夕食は食べて来るって。」
と、またもリーダーシップを取るかのように三人に声を掛けているのは、崇子(たかこ)と言うセミロングの女子高校生である。身長は一五七センチとごく普通だが、メンバーの中で一番活発でしっかり者だ。膝までの紺ハイソックスにローファーを着用しており、服装も性格も今時の女子高校生らしい感じだ。
「ええ、勿論よ。御父さんも残業で遅くなるから食べて来るって言ってたし。御母さんは体調不良で御飯作れないから、もう近所のコンビニで御弁当を買ってるんだって。」
と答えたのは、ロン毛の女子高校生、悠子。身長は一六○センチである。白ルーズソックスにローファーを着用。今時ルーズソックスは女子高生としては古いそうだが、美人で十分モテるので余裕を持っている。内心では、崇子達にはハンディのつもりでいるらしい。
「ええ、私もOKよ。と言うか、うちの親は今日も二人共残業よ。帰りにここ寄って軽食の予定だって。同じ、大手出版社Kだもの。徹夜だって珍しくないわ。もう、崇子ったら、チャラチャラしてるようで注意深いんだから。」
とウィンクしたのは、ショートカットの女子高校生、美智だ。身長は一六八センチと、四人の中で一番背が高く、性格はクールで大人びた性格であり、外観は見るからに知的美人と言う感じだ。紺ハイソックスだが、崇子と若干違って膝下より少し低めのところまでしか伸びていない。背が高く脚も長いので、膝までは届かないだけらしい。
「何それ、酷――い!そんなチャラチャラって言葉使う方もチャラいと思うなあ。」
と笑いながら膨れる崇子。
「ふふ。冗談よ。」
と右手で口を覆うように微笑む美智。
「へへ。そうだ、香里(かおり)は?」
「え?私は、今日も一人だから。うん。」
と控え目に答えたのは、香里と言う、ツインテールに眼鏡の女子高生である。ふくよかな体系で、白ハイソックスには黒のストラップ付きローファーだ。身長は一五一センチと最も小柄である。身長に増して、顔も童顔で一回り幼く見えるので、靴がストラップ付きなのは、どうせ幼く見えるからと、香里が尚且つ、自分で幼く見えるようにしたのである。趣味も、読書と言えど絵本収集、少女小説と、一番少女らしくて幼い印象を受けるのである。忘れっぽく運動神経も無いので、ネジが二、三本足りないとか中学の頃から冷やかされたりもしていた。家庭科と国語以外の教科はまるで駄目である。
 四人とも、高校三年生である。
「あ、そうね。香里のところは、ずっと両親共単身赴任で、一人だったわね。昔から香里の上手な香里が、自分で作って食べてるのだったわね。ごめんね。香里。」
「ううん、いいの。気にしないで。大丈夫だよ。」
と香里は微笑して答える。
「さあ、何食べる?私は、オムライスにしよっと!」
と崇子。
「じゃあ、私も同じで!」
と悠子。
「私は、ミートスパゲッティにするわ。香里は?」
と美智が問うと、
「私…私は…ハンバーグ定食。」
「まあ、リッチねえ!」
と悠子がウインクする。
 やがて、全員の料理が運ばれて来る。
「皆の御飯が漸く揃ったね。さあ、食べようか。」
と崇子が言う。
「うん。ああ、美味しいわ、このオムライス。」
「うん。あ、今日あの学年主任がさ……モゴモゴ。」
と崇子も食べ始める。
「……。」
「……。」
崇子と悠子が話している傍で、美智と香里は黙々と咀嚼している。

「じゃあまた来週ね。」
ファミレスを出ると、崇子は皆に手を振る。四人はそれぞれの帰路に付いた。今日は金曜日だ。
「うん、バイバイ。また来週。」
と美智は崇子に手を振り、悠子と香里にも手を振る。
「さてと。今日こそ、このルーズ洗うゾォ!」
と悠子は両足の爪先を立てて、自分の足元を見下ろしながら言う。
「うへっ。当たり前よ。悠子、あんた、そのルーズ、三日も穿きっぱだったでしょ!微妙に、こっちへも臭いが来てるわよ。納豆雑巾みたいな。」
美智は悠子に言う。
「分かってるって!ルーズは蒸れるけど、私、気に入ってるぅ。」
「自分のルーズソックスに向かって投げキッスしてどうすんの。」
美智は呆れて言う。

 家に着くと、崇子は二階にある自分の部屋に入り、ベッドに座る。紺ハイソックスを脱ぐと床に置き、鞄をベッドの上に置く。そして携帯電話を取り出す。某サイトを開いている。優良の出会い系サイトみたいなメル友募集サイトだ。
「ん?十万……!?」

翌日。土曜の夕方。
「ねえ、これでホントにくれるのね?」
「ああ、勿論。」
と、角刈りのノッポなスーツ姿の若い男性は答える。
ここは、某ホテルの一室だ。普通のホテルではなく、ラブホらしい。
 崇子は、ブレザーを脱ぎ、制服も脱ぐ。上はブラジャーだけになる。男は迫る。
「腋臭(わきが)がそんなにいいの?ほらっ!」
と、広げた両手は後頭部に当てたまま、右脇を差し向ける。男はクンクンと臭いを嗅ぐ。
「ねえ、何歳なの?」
「俺?二十代後半だけど、幾つに見える?」
「二十八、いや、二十七くらい?」
「まあそんなところかな。」
「職業は何?」
「ん?ああ、地方公務員だよ。」
「足のニオイもどう?」
と崇子は靴下を脱ぐと、両足裏を差し向ける。
「新鮮な、レモ…いや、納豆だね。」
「もう!昨日から同じ靴下穿いててあげたんだから、感謝してよね。」
「ああ、勿論するさ。」
男は、足裏を舐めながら言う。
「ふう……次は、何?」
と崇子は再びベッドにゆっくりと腰掛ける。
「ちょっと休憩かな。」
「じゃあ、私、ユーチューブでちょっと音楽でも聴こうっと。」
とアップテンポの曲を掛ける。
♪♪♪
「やあ、こんな感じかい?」
と男は出鱈目にダンスしながら崇子に迫る。
「もう!休憩の邪魔しないでよ!」
崇子は怒ってそっぽを向く。
「あ、ゴメン、ゴメン。スイマセン。」
「…っぷ!キャッ!」
男は興奮したのか、崇子の胸に思いっ切り飛び込んで来た!
「急に、何すんのよ!ちょっと!」
吃驚した崇子は、思いっ切り男を突き飛ばす。
「アアッ!」
奇抜な形に突き出ていた柱の角に、男の首は思いっ切り刺さり、男は目を開けたままくたばってしまった。
「どうしよう……。」

 崇子は、死んだ男を連れてラブホの部屋を出る。男の首に手持ちの包帯を巻き、ロープで自分の足首と男の足首を結んで二人三脚で男を運ぶ。
携帯で、悠子と美智と香里を呼ぶ。
崇子は、車の免許も持っており、自家用車も、一年半バイトで貯めた小遣いで購入した。崇子は、男を自分の車の荷台に乗せ、三人を後部座席へ乗せる。
「ちょっと、崇子。ホントにヤバいよ?どうするの?」
「…………。」
悠子が問うも、崇子は答えない。
「ねえ、崇子。一体、どこへ行くの?」
「海よ。」
美智が問うと、崇子は答える。
「海って、あの?」
「毎年、私達が海水浴に行っていた、あのT海岸より、もう少し南の方ね。」
「他にも、何やら、色々な物を助手席や荷台に積んでるわね。崇子。大工道具みたいなの入ってない?」
「その内、分かるわよ。着いたらね。」
と崇子は振り向かないまま言う。
「…。」
香里は、両手を膝の上に乗せたまま、じっと黙っている。

 漸く、海に着くと、崇子は大工道具を取り出す。海岸の南側には。小さな森林が広がっている。崇子は、鋸を三本取り出す。
「悠子、木を斬るの、手伝ってくれない?ある物を作るから。」
「ある物?」
「筏よ。」
「筏?!」
と三人は驚いて言う。
「大きな筏を作るの。ほら、向こうに見えるの、人の住んでいない離れ小島よ。船の旅行の時に、両親が教えてくれたわ。ねえ美智。あんた、某国立理系のK大学志望で、一番、理数系に強いんだよね?後で、寸法を測りながら斬った木を削ってくれる?」
「え?う、うん。」
「この大工道具は、御爺ちゃんが使っていたのを持って来たの。御爺ちゃんは腕のいい大工さんだったから、昔は工作とか教えて貰っていたわ。」

 やっと、筏が完成すると、四人は男を乗せて筏へと乗り込む。
「行くわよ。いいわね。」
と崇子。
相変わらずの制服姿の四人は、筏を漕いで沖へ出る。
「あの離れ小島まで、意外と距離あるわね。でも、流石は美智ね。美智が計算してくれたからよ、この筏がこんなに動くのは。美智って、天才じゃない?あ、崇子も、だけど。」
悠子は感心して言う。
「いや、何もそこまで。で、あの島へ行って、この男を、どうするの?まさか……。」
「うん…。ごめんね…。」
崇子と美智の、力のある二人が主体で筏を漕ぎつつ話している。悠子と香里の二人は後ろであくまで補助する形態だ。

「着いたわ。」
「広くて静かね。やっぱり、無人島?」
「そうよ。さあ……。」
「崇子。本当に、やるの?」
悠子は言う。
「そうするしかないじゃない。」
「崇子。本当はあんただけの自己責任なのよ。私達は……。」
と美智は砂浜の地面を見下げながら崇子の方を向いて言う。
「分かってる。さあ、あちらの林の方で、穴を掘るわよ。シャベルは二つしかないから、誰か手伝って。」
と用意していたシャベルを持ったまま崇子は皆に言う。
「じゃあ私が手伝うわ。」
と美智が言う。
 四人は、浜辺を少し離れた林へと向かう。ゴツゴツした岩石は疎(まば)らで、草木が生い茂っている。
 崇子と美智はせっせと穴を掘り始める。二人が黙々と掘っている間、悠子は携帯をいじり、香里は両手を後ろに組んで水平線を眺めている。
「これぐらいの幅と深さなら十分ね。さあ、ここは四人全員手伝って!」
 穴を掘り終えると、四人で男を抱えて、掘った穴の中に入れる。
「はい、美智、マッチ。」
崇子は、美智へもう一箱のマッチを渡すと、二人で擦って火を付ける。そして穴の中へ擦ったマッチを次々と投げ入れる。
「なかなか、燃えないわね。」
「人肉は殆ど脂だから、まあじきに燃えるとは思うんだけど、服についても、すぐ消えちゃうな。」
「うん。あ、そうだ!ねえ悠子、あんた、ルーズソックスの予備持ってたよね。今、穿いてるのを脱いでこっちへ貸してくれない?」
「キーッ!酷い、私が脂足だからって…まあ、いいわよ…脱いで渡せばいいんでしょ!」
と悠子はルーズソックスを脱ぐ。そして穴の中に投げ入れる。
「あら、丁度、男の鼻のところよ。あの世で匂い嗅いでるんじゃない?ごめんね。悠子。後で必ず弁償するから。」
「別にいいよ!靴下ぐらい!」
「ふう、漸く燃えたわ。」
「凄い臭いだね。」
と香里は両手で鼻を押さえながら言う。
「うっ!やっぱり、死体を燃やす時の臭いは半端無いね。こんな臭いなんだ。」
「悠子、あんた葬式の時に焼き場へ行かなかったの?」
「うん。正月の時に祖母が亡くなったから、忙しい正月のバイトを優先して焼き場まではついて行かずに帰っちゃったのよ。」
「ふーん。」
「燃やし終わったら、勿論、埋めるよね?」
「勿論。」
死体遺棄ね。私達、共犯にならないのかな?」
と悠子。
 この時、崇子の目付きが変わった。崇子と悠子と美智は三人で何やらコソコソ相談している。
「ねえ、ここだけの話なんだけどさ。」
「何?何?」
…………。
「崇子、それ、本気?」
「崇子。あんたって、……鬼ね……。」

「もしばれたらの話だけどね、…………  香 里 に  自 首 さ せ な い?」

無人島と言うこんな閉鎖空間の中では、何が目覚めるか分からないものね。」
と美智。
「どうしたの?みんな。」
と香里は片手を口元に宛がって言う。
「ううん、何でもないのよ。香里。気にしないでね。」
何が、気にしないでね、だ、と美智は心の中で思う。
「よし、もう少しね。」
シャベルを片手に、額の汗を拭きながら、崇子は言う。
「うん。いやあ、それにしても、蒸し暑いね。」
と悠子。
燃やした遺体を埋めているのは、崇子と悠子だ。
「よし。終わった。帰ろうか。」
「うん。ふう、疲れた。崇子、皆にジュース奢ってくれるよね?」
「分かってるよ。当事者は私だし。」
悠子が言うと、崇子はそう答える。
 午後七時半。崇子は、家に帰ると、脱衣室で靴下を脱ぎ、洗濯機の中に入れる。そして二階の自分の部屋に戻る。ベッドにうつ伏せになる。
「ふう…やっちゃった…あれで大丈夫かなあ……?」
崇子は、やはり、内心は、心配だったのだ。警察に知られなければ良いが、現代の警察は優秀だから、もしもの事があったらどうしようと思ったのだった。

 美智は、自室にて、第一の志望大学に向けて、勉強中だ。表情は平然としているが、崇子の事がやはり心配であった。
(崇子、とうとうやっちゃったね。大丈夫かな?)
 センター試験の数学の、計算式を書くのを途中で止めて、美智はふとそう考えた。美智は、Tシャツとジーンズに着替え、靴下はそのままである。勉強中なので、眼鏡を掛けている。授業中も、美智は眼鏡を掛ける。

「ふう。崇子……警察だよ…早く逃げなよ…すやすや。」
悠子は、自室で、着替えずに、掛け布団の上でそのまま眠っている。今日の事が気になっているから眠りは浅く、夢を見ているようだ。
「悠子――っ!晩御飯よ!」
部屋の外から母親の呼ぶ声がする。
「う…ん。分かった…行く。」

 香里は、部屋で宿題の残りをしていた。自室でブラウスと膝丈スカートに着替えており、靴下は学校のをそのまま穿いている。
 宿題が終わると、香里は、一階に降りてキッチンでエプロンを掛け、卵焼きを作り、ご飯をついで、麦茶を入れ、一人で夕食を食べる。
(崇子、大丈夫かなあ。心配だよ。)
静かな台所で、卵焼きを食べながら、香里は思った。

あれから一週間余りが過ぎた。もう十月の上旬である。ニュースや新聞を観ても、まだあの件では警察が動いた様子は無かった。崇子達は、少し安心していた。
「今日もお疲れ。じゃあね。」
「うん。バイバイ、崇子。」
と、先に帰る崇子に、悠子も軽く手を振る。
 崇子は、下校途中に、スーパーに寄っていた。通学用の靴下を新しく買うためだった。スーパーを出て、自転車に乗ろうとした時だった。
(ん?何か、見覚えが…いや、まさかね。)
あの時、自分が殺してしまったあの男と、身長も体型も、顔もそっくりに思えたのだ。その男は、マスクと帽子を着けていた。男は、スーパーへと入って行く。
(あの男は、確かに、死んだ筈だわ。まさか、死んだ者が生き返るなんて事、……。他人のそら似よね、きっと…。)
マスク等を着けているにせよ、まるで、あの男と、目はそっくりだったので、一瞬、崇子は血の気が引いた。
(まさか、双子の兄弟だとか?ううーん……。)
自転車を漕ぎながら、崇子はそう考えた。

「え?あの人にそっくりにな人に会った?」
「そうなのよ。マスクと帽子をしてたから、はっきりとは分からないけど。」
美智が問うと、崇子は、ポテトフライを齧りながら、答えた。
「そう、目は似てたんだ。」
美智は、コーヒーを啜りながら言った。
「じゃあ、双子かもね。ね、香里もそう思わない。」
と笑いながら悠子は言う。
「うん。思う。」
 金曜日の夕方。この後、カラオケに行く予定なので、ファミレスで軽く腹ごしらえをしている。良い声を出すには、腹八分目が丁度良いと、雑学の本で読んだと言う話を、美智が皆にしたからである。
「それにしても美智はやっぱり物知りね。」
「そんな…私なんてまだまだ『井の中の蛙』よ。」
悠子の褒め言葉に、美智は微笑しつつ、はほんの少し照れたように言う。
「だって、美智は勉強が出来て頭の回転が良い他には、雑学にも詳しいじゃない。私なんて、この間、数学と英語が赤点で、超ヤバかったもん。そう言えば、香里も、数学が赤点だったよね?」
「うん。数学は、私にとってはやっぱり難しいな。」
と香里はゆっくりめの口調で、戸惑いながら答える。
「香里と私は仲間よね。勉強が出来ない同士、親友になれそう。ふふ。」
「変な仲間作りはしなくて良いから、二人とも、もっとしっかり勉強した方がいいよ。将来困るよ?」
と美智は諭す。
「まあ、いいのいいの。美智は頑張って、エンジニアにでも何にでもなってよ。私と香里は、専業主婦志望だし。ねえ、香里。」
「うん。でも、私は、出来れば絵本作家になりたいな。」
「いい夢だね。でも、それだけじゃ食べていけない人が多いから、やっぱり、いい旦那さんを見付けようね。香里。」
「いきなり専業主婦なんて、虫が良過ぎるよ。最初は、結婚相手を見付けるまでは、女もOLとして普通に働く、それが普通だよ。学生結婚は、なかなか難しいよ。」
と、崇子が突っ込む。
「崇子の言う通りよ。」
と美智。
「分かってる。受かる大学や短大、そして受かる会社に入ればいいし。ねえ、香里。」
「う、うん。」
「悠子。あんた、能天気ね。」
「まあ、能天気な私と、無邪気な香里は、何気に気が合うよね。」
「ふう。」
美智は、呆れたように頭を抱えながら、溜息をつく。

 カラオケボックスにて、四人は盛り上がっていた。
「恋する、フォーチュンクッキー♪未来は、そんな悪くないよお♪ヘイ、ヘイ、ヘイ……♪」
崇子と悠子は、マイク片手に踊りながら、AKBの「恋するフォーチュンクッキー」を歌っている。美智は次に歌う曲を選ぶため、機器をピコピコ操作している。香里は、微笑みながら二人の踊りを見ながらゆっくり手拍子をしている。
「香里は何歌うの?」
を美智は聞く。
「私は、古いのしかあまり知らなくて…キロロの『未来へ』とか『長い間』とか。」
「そうなんだ。私は、中島みゆきの『糸』にしたよ。」
「渋いんだね。」
「へえ、中島みゆきの『糸』かあ。美智の十八番?」
と、マイクのまま悠子は美智に聞く。
「まあ、そうなるかな。」
「縦の糸は、あなた~♪横の糸は私~♪…………♪」
「いよっ!生かすう~~!」
拍手をしながら悠子は言う。
「次は何歌おうか?悠子。」
と崇子。
「そうだねえ。次はAKB以外にしようかな。」
「それにしても、暑くなってきたなあ。ルーズソックス脱いでいい?」
「悠子、あんたが脱ぐと素足から臭いが来るのよ。それなら、最初から普通の靴下穿いて来たら?」
と美智。
「だって、ルーズ気に入ってるんだもん。」
「休日も私服で穿いてて、よく飽きないね。」
「まあねえ♪」
と、早速、悠子はルーズソックスを脱ぎ始める。
「うっ…悠子…今日も強烈ね。」
と崇子。
「やれやれ。」
と美智。
「脱いだ後は、スウスウして、気持ちいいなあ。ねえ香里、あんたも、こう言う場所なら、暑ければ、靴や靴下、脱いでもいいのよ。遠慮しなくていいからね。」
「うん。でも、私…足がちょっと…。」
「え?何?女の子らしい香里まで、もしかして足が臭い?嘘お!だったら意外ね。ねえ、どんな匂い?」
「やめなよ。」
と美智。
「うん。卵が腐ったみたいな……。」
「へえ、マジ!?」
「香里。何もそんな、正直に言わなくても…。」
と崇子は言う。
 美智と崇子の二人は、まるで呆れ顔だ。香里は、はにかんでいる。
「ねえ、ちょっと嗅いでいい?」
「うん。別にいいよ。」
と、香里はストラップ付きのローファーを脱ぐ。
「はい、失礼…クンクン…。ウェッ、本当だ。凄い。やっぱり、香里と私、気が合う仲間かも。あはは。」
「ふう。全く。」
と美智は尚も呆れた顔だ。
「汗と垢なんだから、しょうがないっしょ。足なんて、誰でも臭いって。」
と崇子はフォローする。
「私だって、納豆みたいな匂いよ。」
と崇子。
「崇子、一々言わなくていいの!」
と美智は諭す。
「そう言う美智は、どんな匂いなの?」
を悠子は言う。
「何だっていいじゃない。」
と苦笑しながら美智は言う。
「へえ、どんな足の匂い?」
「ふう。仕方ないな。一番臭い時で、納豆雑巾よ!」
「へええ!それじゃまるで、AKBの川栄みたいだね。」
と悠子。
「悠子。あんたはバラエティの見過ぎよ。あんなの、ただの作りネタかも知れないじゃない。」
と崇子は言う。
「そうかなあ。まあどっち道、本当の事は分からないからどうでも良いけどね。あはは。」
と悠子は笑う。

「じゃあ、また明日ね。」
「うん。今日も楽しかったよ。じゃあ。」
「お疲れ様。そりゃ悠子、あんたなら一番楽しかったでしょうよ。いつもながら一番盛り上がってたのは悠子なんだし。」
と美智。
「まあね~!ねえ、香里。あんたも気を付けて帰ってね。」
「うん。」
そして四人は別れた。
「ふう、そこのコンビニ、寄って行こうかな。」
カラオケ店の隣のコンビニへ行こうとした時だった。
「やあ、崇子ちゃん。久し振り。」
「え?」
後ろで声がしたが、振り向くと誰もいなかった。
「何?何か、聞き覚えが…。」
崇子は、君が悪くなったので、コンビニには寄らずに、そそくさと自転車に乗り、帰路についた。
「崇子、お帰り。」
「うん。ただいま。」
「崇子、どうしたの?」
「何でもないよ。」
 崇子は、部屋に戻ると、ベッドに座って靴下を脱ぎ、両手で頭を抱え込んだ。
「まさか…あの人は、確かに……死んだし…焼いたし…いない筈よね。」
 この夜、崇子は少し悪夢にうなされた。鬼のような姿をした怪人に、連れ去られる夢だった。妖怪伝説によれば、酒呑童子と言う妖怪が、若い娘をさらって、大江山にこもっていたところ、金太郎こと坂田金次に退治されたという伝説だった。酒呑童子とは、モテモテだったが女性に興味が無く、幾人もの女性から告白されるも断り続け、女性達の怨念のガスを浴びて、鬼の姿をしたような妖怪と化してしまったと言うものだ。
(まさか、あいつが……。)
 土曜日であったこの日、崇子は、今日はデパートに自分用の服を買いに出掛けていた。デパートの駐車場前に来た時だった。
「はっ!」
あの男がいたのだ。ラブホの個室で死んで、無人島まで行って焼いて埋めた筈の、あの男そのものだった。
「やあ、崇子ちゃん。久し振り。」
「え?そんな?」
「そんなに驚くなよ。」
と言って、男は白ワインを、この真っ昼間からラッパ飲みしている。
 崇子は、目をこすってもう一度見ると、やはり、そこにその男が立っている。服装も、あの時と全く一緒だ。
「じゃあ、また会おうね。」
と男は去って行く。
「………嘘でしょ。」
崇子は、呆然と暫くそこに立ち竦(すく)んでいた。

「え?あの男に会ったの!?」
週明けの、一時間目が終わった後の休み時間だった。美智は、物理学の本から顔を上げて崇子に問い直す。
「そうなの!間違い無かった。」
「何だか、変な現象ね。あの人、普通の人間かな?非科学的だわ。何もしないのに生き返るなんて。クローン技術で蘇らせても、また赤ん坊から始まるし、等身大のままで記憶もそのままだなんて……。」
「どうしよう。」
「とにかく、このまま様子を見るしか無さそうね。」
「うん。そうだね。」
 後で、この土曜日の出来事を、崇子は、悠子と香里にも話した。
「そんな!本当に!?ヤバくない!?それ。」
と悠子。
「本当だよ。神に誓うわ。」
「そうなんだ。怖いね。」
と香里は少し震えている。
「取り敢えず、用心しておこうね。」
「そうね。」
「うん。」

 翌日の午後だった。あの、崇子達に埋められた男は、路地裏をぶらついていた。中学生の男子から金を巻き上げて去ろうとするチンピラを見て、その男は、チンピラの腹部目掛けて、思い切り傘を突き刺した。そして傘を広げる。血しぶきが飛んだ途端、中年のチンピラは、呻き声を上げて倒れた。
 他の場所では、数人の女子高生達が、学校をサボって道端に座り込んではしゃいでいた。その女子高生達を並ばせて、鉄の棒で思い切り順番に尻を叩いて行く。
「ふん。相変わらず、不届き者が多い世の中だな。」
男は言う。
 そして、夜には、コンビニの駐車場に屯(たむろ)していた暴走族達が走り出したところ、男は路上の真ん中に立ち塞がり、暴走族達の前に出た。
「何だ、てめえは!?危ねえじゃねえか!」
「やんのか!?」
すると男は黙ったまま、木刀を差し出し、十数人の暴走族達を薙ぎ倒して行った。
 そして最後に、アルコール濃度の高い酒を口に含むと、棒の先に点けた火に向かって思い切り吐き出し、その吹いた炎で、暴走族達を焼き払った。

 朝、美智は、パンを齧りながら、朝刊を読んでいた。“正体不明の何者かに、チンピラや暴走族が殺される”とあった。
「正体不明の何者か?目撃者はいないのかしら?いても、あれから捜索しても姿は見当たらない?何者か、分からないまま?そんな…。これもまた非科学的ね。」
と、美智は、ブラックコーヒーを飲みながら言う。

「お早う。ねえ、悠子。今朝の新聞見た?」
美智は問う。
「私は見てない。だって、殆ど新聞読まないし、ニュースだってあまり見ないから。」
「崇子は?」
「うん。タイトルと見出しなら見たよ。あれ、変よね。」
「そうでしょ。チンピラとか暴走族とか、柄の悪い人ばかりが、やられてるのよ。」
「正義の味方と言っても、殺すのはやり過ぎだよね。」
「崇子。アンタが言う?」
と悠子は突っ込む。
「それより、ここ最近、不自然で気味の悪い事ばかり起こるね。」
「うん。」
「まあねえ。」

 休み時間、美智は考えていた。
(私、やっぱり疲れてるのかな?まるで夢を見ているみたい……。)
崇子も考えていた。
(まさか、ね。死んだ筈のあの人が、生き返るなんて……。殺してしまった私に、そして美智や香里、悠子までもが死体遺棄の共犯なら、私達に復讐を仕掛けて来るかも?でもどうかな?取り敢えず、用心しないと……。)

 下校時間だった。崇子が自分の靴箱を開けた時だった。
(ん?紙切れだわ。何か書いてある……?)

『借りは必ず返すよ?崇子ちゃん達?』

(え!?)
それは脅迫状のようだった。崇子は、絶句した。他の三人には話せずにそのまま帰った。
 そして、出来るだけ人通りの多い道を通って下校したのだった。
商店街を崇子が通り過ぎた途端、建物の隙間には人影があった。そう、あの男が崇子の事を見ていたのだ。崇子はそれに気付いていなかった。
「ただいま。」
 崇子は、帰るとそのまま部屋に閉じ籠ったきり、夕飯の時間になっても出て来なかった。

「ふう。」
香里は、帰ると洗面所で顔を洗い、靴下を脱いで洗濯機の中に入れた。そして、自分の部屋に戻った。
(そんな…私、共犯になるなんて、やだよ……。)
 香里は、自分の部屋に行くと、気を紛らわそうと、読み掛けの少女小説を読み始めた。
 食欲が出なかったので、香里は、本を読み終えると、そのままベッドに潜り込み、寝てしまった。

「ただいま。」
 悠子は、帰ると台所へ行き、冷蔵庫で冷やしてある烏龍茶を一杯飲むと、コップを洗い、戻した。そして、ルーズソックスを脱ぐと、それを脱衣室へ持って行き、洗濯機の中に入れた。
(お母さんは、買い物かな?)
 悠子は、部屋に戻ると、私服に着替えた。そしてショーパンを穿き、黒いオーバーニーソックスを穿いた。
(コンビニへ夜食でも買いに行こうかな、と。)
 悠子は、近所のコンビニへと向かった。
(え?)
駐車場にいたのは、やはりあの男だった。
「やあ。そのスタイル、いいね。似合ってるよ。」
 そう言うと、男は商品の入ったコンビニ袋を提げて、去って行った。
(そんな…あの人、焼却されたんじゃ……?)
 悠子は、呆然としたまま、男が見えなくなるまで見送っていた。

「ふう。ただいま。」
 美智は、帰ると台所へ行き、水筒を取り出して残ったお茶を飲み干した。そして自分の部屋に戻った。
 美智は、靴下を脱ぎ、長袖の上着ジーパンに着替えた。そして、センター試験の生物学の問題集を本棚から出して、ノートも出して、勉強を始めた。
(非科学的な事は、出来れば信じたくないけど……。)
美智はそう考えた。
 キッチンで、いつもよりお箸の進みが遅い美智を見て、母は心配して言った。
「美智。どうしたの?元気ないじゃない。」
「ううん。何でもない。」
「そう。なら、いいけど。あ、もしかして、勉強疲れじゃない?少しは羽目を外してみたら?試験まではまだ日があるんだし。」
「うん。」
「あなたは、趣味でも色々と難しい本を読み過ぎてるんじゃない?医学博士としているお父さんも言ってたわよ。偶にはコメディ映画や、娯楽小説、娯楽漫画を読んで気休めする事も大切だ、って。難しい本ばかり読んでいても頭が固くなるんだって。『娯楽小説も娯楽漫画も、医学や生物学、物理学、純文学も、それぞれベクトルが違うだけで、同等の価値も持っているんだ。』ってね。」
「ベクトルが違う…だけ…?」
「そう。医者と物理学者と文学者と、ファンタジー作家と推理作家と、また、漫画家と、どれが一番偉いか比べるかなんて、愚かな事なんだって。お父さんみたいな医学博士とか、お医者さんや看護師さんだって、確かに理数系の学問もするけど、患者さんの気持ちをよく考えるには、柔軟な心も大切なんだって。すぐ怒る患者さんや自暴自棄になる患者さんがいても受け入れられる素直な気持ちも大切なんだってね。」
「成る程。」
「私もお父さんも、コメディ映画やラブロマンス映画だって、また、ヒューマンドラマも、好きなのよ。」
「そう。」
「はい、はい。ここまで。さあ、早く食べないと、特製シチューが冷めるわよ。」
「うん。」

 この日、崇子は、レンタルショップに行き、DVDが並んであるドラマコーナーや、洋画コーナーでタイトルを斜め読みするように見たが、借りる元気はなかったため、そこを去った。タイトルを見ただけでも気が遠くなるような、立ち眩みがするような感覚に陥ったようだった。
(「恋におちて」か。お母さんが昔、好きだった映画だな。見てみようかな。ううん。今日はそんな気分じゃないから、やめとこう。)
 結局、何も借りずに店を出た。
(映画を何十本、何百本と見たとしても、この世の全てが分かるわけじゃないよね。そもそも、確実な答えなんてないかもね。どんなに偉い学者さんだって、世の中の全てを知り尽くしてるわけじゃないだろうし。「恋におちて」を見ても、所詮は都合の良い物語だとしか思えない。恋は、頑張ったから絶対に実るとは限らない。)
「努力って、必ずしも報われるとは限らない気がする。」
と声に出して独り言を言う。
とその時だった。

「そうだよ。良い事をしたから、良い報いがあるとは限らないよ。」

 後ろで声がした。
「誰?」
 振り向くと、やはりあの男だった。
「やあ。」
 男は微笑んで手を上げると、また去って行った。
(まただわ…何…?まるでストーカー……?)
 崇子は、急ぎ足で家へ帰った。
「ただいま……。」
「お帰り。姉ちゃん。」
出迎えたのは、崇子の弟だった。学生服に小六のバッジを付けている。
「あら、隆。ただいま。」
「姉ちゃん、何か最近、元気ないよ?どうしたの?」
「何でもないよ。」
「勉強疲れ?なんてね。姉ちゃんは俺より勉強しないし。」
「うるさいなあ。」
と、崇子は軽く笑いながら隆の首を、右腕で捕まえると、左手でぐりぐり攻撃をした。
「痛いよ、姉ちゃん。」
「隆。あんた、学校から帰ったのなら、ちゃんと服を着替えなさいよ。」
「姉ちゃんは、すぐ着替えるけど、だらしないとこ、あるじゃんか。この間、リビングのソファに脱いだ靴下を置きっぱなしだったじゃないか。納豆臭かったんだぞ。」
「ふん。どうせ私は、足臭いよーだ。お父さん似だもん。体臭だけでなく、美人なのも、イケメンであるお父さん似よ。」
「おいおい。お母さんに失礼じゃないか。」
「べー。」
「勝手にしろ。べー。」
隆はリビングへ行き、崇子は自室へ行く。
 崇子は、ベッドに座ると、靴下を脱ぐ。そして、徐に匂いを嗅いだ。そして、靴下脱ぎ立ての、素足の匂いも嗅いでみた。
(本当だ。まるで納豆だな。臭いな。やっぱり、プラス面があればマイナス面もあり、か。世の中、やっぱりプラスマイナスゼロに出来てるのかもね。ある漫画で読んだ話だけれど。)

 香里は部屋で、ある本を読んでいた。シンデレラとかの、童話の続き話をについて書いた本だった。
(シンデレラと言う話も、最後は残酷なのね。義理の姉が、ガラスの靴に合わせようと切ってしまうなんて……。でも、やっぱり、散々シンデレラを虐めた報いかな?ピーターパンのフック船長も、結局は最後、鰐に食べられるし。子供向けアニメでは、残酷だからそれが書かれていないだけね。)

 悠子は、リビングで、古い洋画を観ていた。「アリゲーター」である。
(うわ。綺麗なメイドが、鰐に食べられてる。残虐ね。もっと、悪い奴が沢山食べられたらいいのに。)
「悠子!床に靴下を脱ぎっ放しにしないの!脱いだら洗濯機の中にすぐ入れなさい!」
と、母が言う。
「はぁい。」
返事しつつも、悠子は床にあったルーズソックスを拾っただけだった。両手に持ったまま、洋画の続きを観た。
(そう言えば、この前に観た「クロコダイル2」でも、可愛いスチュワーデスが、巨大な鰐に食べられてたな。可哀想に……。)

 もう十一月の半ば頃だった。この日、四人は気晴らしに、学校帰りにまたカラオケに行っていた。
「アイウォンチュー♪……アイニージュー♪…頭の中……」
悠子が、熱唱していた。
「ん?何か、臭わない?納豆に酢を混ぜたような……」
崇子は言う。
すると、隣にいた香里が言った。
「ごめん。多分、私の足だわ。私、ここ一週間ぐらい、お風呂に入ってないから。」
「嘘―っ!マジ!?それ、ヤバくない?靴と靴下を穿いてても、臭って来てるわよ。香里。」
「うん。私の所、お父さんもお母さんも普段は家にいないから、お風呂入らなくても何も言われないから。」
「そうだったわね。香里は両親とも大企業に勤めてるもんね。それで、何?やっぱり、あの男の事が、気になるの?でも、警察は動いてない感じよ。変だけど。」
「うん。そうだね。」
「私達、まるでヤクザ?」
と崇子は笑う。
「崇子。やめて。」
スマホに目を向けたまま、美智は言う。
「だって……美智も、変だとは思わないの?」
「思うわよ。でも、私達、警察には追われてないだけ、助かったと思わないと。」
「うん。」
崇子は、あの手紙の事は、美智達には話してはいなかった。
「今日は、金曜日だから、明日、明後日とゆっくり出来るわね。」
と崇子は皆に言う。
「まあ、そうね。でも私は、理系の大学に進んだ時のために、理工学の基礎を押さえるよう専門書を読むわ。そしたら大学に入ってからも楽だから。」
「真面目ね。いや、生真面目ね、美智は。」
「そうそう。でも人生はもっと楽しまないと。」
と悠子。「さあ!今日はもうちょっと歌うぞお!次は、美空ひばりでも行こうかな、と。」
「あら。悠子も渋いところあるじゃん。」
と崇子は言う。
「まあね~。」

 四人がカラオケ店を出た事には、夜の七時を回っていた。
「平日のフリータイムは、やっぱり安いね。ギリギリまで歌っちゃったな、今日は。」
「うん。」
と言う、崇子の背後には、何やら人影があった。
「え?……う……。」
と崇子は片手で目を覆いながら、地面に横たわった。
「きゃ!」
と香里は、地面にうつ伏せに倒れた。
「眠い…。目が開かない…。」
と言いながら悠子も倒れた。
「本当。何か、これは、ガスね。駄目。私も、眠いわ…猛烈に…。」
と、最後に美智も倒れ込み、眠るように意識を失った。
 何者かが、スプレーのような物で、四人にガスを吹き掛けたのだ。また、口から吐いたのか、四人には分かる由も無かった。

「うう……ん。え?ここ、どこ……?」
一番に目を覚ましたのは、崇子だった。
周りを見渡すと、ここはどこかの森の中のようだった。美智達、三人は、まだ眠っていた。
「みんな!起きて!」
崇子が大声で言うと、美智も、悠子も起きて、そして、香里も目を覚ました。
「崇子。どうしたの?」
美智が問うと、
「私達、どうなったのかな?」
「えっ?そう言えば、私達、カラオケを出たわよね…あれから記憶が…ないわ。」
と美智は右手を顎下に当てながら考える。
「ねえ!ここ、どこよ!」
「……。」
悠子は焦ったように声を出し、香里は、周りをキョロキョロ見ながら黙っている。
「何が起こったの?!」
「さあ…もしや…?!」
と、美智が言った時だった。

「やあ、君達。お目覚めかな?」

「ええ?!」
 やはり、あの男だった。林の奥から姿を現したのは、あの時、死んで、皆で埋めた筈の、あの男だった。
「そんな…。」
「やっぱり!」
「あの…。」
崇子が絶句し、悠子、美智、香里も、続いて声を詰まらせた。
「あなたは!あの時の!」
と崇子。
「そうそう。そうだった。ここはね、一度、僕のお墓になった場所だよ。と言うか、離れ小島だけどね。そう、あの時、死体になった時の僕をわざわざ埋めに来てくれた、あの無人島が、ここだよ。後、申し遅れたけど、俺の名前は、サカキ、と言うんだ。うん。」
「あなた、死んだ筈じゃ……。」
「そう思っただろ?でも僕は、ただの人間じゃないからさ。生き返ったんだよ。目が覚めてすぐは、埋められてたから、真っ暗だった。土を掻いて出て来るのに少し苦労したけどね。」
「あの、それより、私達、これから、どうなるの?」
「そだね。考えてもご覧よ。自分達のした事について、胸に手を当てて、じっくりと、ね。因果応報だよね。君達四人で、一度は僕を殺したようなものだからね。」
「わざとじゃないの!だから、許して!お願い!」
と崇子は両手を揃えて言う。半泣き状態だ。
「わざと、じゃない?でも、皆で僕を焼いて埋めたんだから、最終的には、もう、わざと、だよね?違う?」
「えっと……。」
「ここは、僕の私有地のようなものだからね。逃げようとしても、無駄だよ。あの君たちを運んだイカダも、もう処分したから、ないよ。そう、つまり、逃げられないから。」
「そんな!」
「待ってよ!」
「酷いじゃない!」
「ぐすん…」
と、香里だけは泣き出してしまった。
「最初に酷い事をしたのは、どっちかな。僕みたいな者でまだ良かったけど、他の人間だったら。君達、とっくに、殺人、いや、過失致死と死体遺棄で捕まって、かなりの重罪だよ?まあ、この島では日本国憲法は無いし、僕だけが法律であり、政治そのものだからね。」
「みんな!これ。私のせいよ!」
「やあ、よく分かったね。逃げても無駄だけど、まあ逃げていいよ。そうだ。三十秒、一分、待ってあげるよ。じゃあ、数えるね。一、二……。」
「どうしよう!」
「とにかく、逃げてみましょう!」
と美智は言う。
「うん!」
と三人は頷き、必死になって走り出した。

「この島には、俺の飼い慣らしてる、ペット達がいるからねーーーっ!」
遠くなった男の声が向こうから聞こえた。

「みんな、離れ離れに逃げようよ!誰かが助かるかも知れないから!」
「そうね!イカダ、あるかも知れないから手分けして探しましょう!」
「うん!」
「……。」
 四人は四手に分かれて走り続けた。

「はあ、はあ、はあ……。」
真っすぐ走り続けているのは、崇子だった。
「ごめんね、みんな。私のせいで……。」
聞こえないと分かっていながらも、崇子は呟く。

「ぜえ!ぜえ!ぜえ!着替えもしてないから、暑苦しいし汗臭い。それから、息苦しい…。」
と、悠子。
「あ。川だ。結構、広いわね。何もいないかな。まさか、ピラニアとか?いないわよね、多分。アマゾン川じゃあるまいし。でも、渡らなくちゃ。」
そして、悠子は、おそるおそる、靴もルーズソックスも脱がず、川へと入る。そして向こう岸を目指して歩いた。
「やだ。結構不快な。膝より上まで、浸かっちゃった。私の臭い靴や、臭い靴下、臭い足が洗えた以外、やっぱり、服のままは、気持ち悪いな。」
と、その時だった。
「えっ!?何!?口?牙あ?!」
水中から、何かが出て来た。
「ぎゃあああ!」
大きな、鰐だった。
「鰐…ク、クロ…コ……ダイ………ル……うげっ。うぐ……。」
言い終わるか終わらないかの内に、鰐の必殺デスロールは終わり、悠子は鰐の餌食となってしまった。悠子の革靴の片方だけが、下流まで流されて行く。他は全部、鰐に食べられてしまった。水面は、そこだけ血で赤く染まっていた。

「えっ?悲鳴?」
と、美智は走り疲れて立ち止まっていた。
「悠子の声?まさか、そんな!?でも、引き返せば、あの男が……。」
するとその時だった。
「ウゥーーッ……。」
「えっ!?嘘!?狼?でも、狼は、確か、牛とかの家畜は襲っても、人間は襲わない筈だわ。日本の狼は、明治時代に絶滅して、まだ存在するのは、ヨーロッパの……。」
 向こうの森の奥からそろそろ出て来たのは、三匹の狼だった。三匹ともよだれを垂らしながら、美智を睨み付けている。
「一応、気を付けなきゃ。そうだ。イヌ科なら、鼻が効くわね。じゃあ……」
美智は、紺色のハイソックスを右足片方だけ脱いだ。そして、北東にいる狼達とは正反対の、南西に向かって投げた。そして、再び走った。
 狼は、三匹ともく美智の脱いだ靴下の所へ行き、匂いを嗅いだり、口にくわえたりsちて遊んでいるように見えた。この隙に、美智は必死で走って逃げていた。
「一時しのぎかも、だけど、方向を変えて、隠れ…うわっ!」
美智は、木の根っこに引っ掛かって転んでしまった。
「ウオーーン!」
「そんな!いやあ!私、おいしくないから、やめてちょうだい!人肉は、まずいのよ!」
「ガルルル!」
「ウウウ!」
「うぎゃあああ!痛い!やめて!お腹が!足があ!顔が!」
美智は、狼に、腹部や胴体、足や顔などをかじられている。
「痛い痛い!誰か助けてちょうだい!私には、エンジニアになる夢が!ノーベル賞を取るのも夢なの!だから、食べないで!バチ当たるわよ!ぐぎゃあああ!」
 美智は、三匹の狼達の御馳走となり、残された髪の毛と、ズタボロに破かれた服と、割れた眼鏡と、靴と靴下以外は、ほぼ血と骨だけになってしまった。
 そして、腹が膨れた狼達は、森の奥へと消えて行った。
 そこに来た、あの男、そう、サカキは言った。
「あらら。やっちゃったね。そう言えば、ずっと前だったかな。以前に僕を殺した若いカップルは、狼の餌食にしちゃったから、それで人間の肉の味や血の味を覚えたんだ。それで、人間も襲うようになったみたいだね。残念。御愁傷様。」
 そして、サカキは、美智の亡骸から目を逸らし、その場を離れるように、ゆっくり歩き出した。

「ここは、崖だわ!下は。海。つまり、行き止まりね。あれ、香里?」
「崇子。」
崇子とばったりあったのは、泣いている香里だった。
「香里。まだ泣いてるの?泣いても仕様がないじゃない。泣いても余計にお腹が空くだけよ。」
「うん。」
「それにしても、やっぱりこの島は、そんなに広くはないみたいね。そうだ!あの男は?!サカキは?!」
「あ!」
と香里は右手を口に当てた。
「え?」
「やあやあ。そこにいたんだね。」
「サカキよ!逃げよう!イカダを探すのよ。」
崇子と香里は、向こうへ向いて懸命に走った。
「え!そんな!」
次こそ、本当の行き止まりだった。ここは既に、岬であった。道が狭く、この先は、断崖絶壁だ。落ちれば深い海だ。
「やあ。残念だったね。さて、俺も疲れたから、ちょっとお酒飲むね。そう、これ、アルコール九十パーセントだから。」
真っ白い、「酒」と書いた、壺のような器かわ、サカキは酒をラッパ飲みをしている。そして、ライターに火を点けた。
「……。」
「……。」
「ハアアアッ!!」
 サカキは、何をするかと思えば、口から火を噴いたのだった。
「うわっ!」
「きゃっ!」
 この時だった。香里は足を滑らせ、崖から転げ落ちた。少し尖った岩の先に、香里は掴まっている。
「香里!」
「いや。助けて。」
 香里は、今にも崖から落ちそうだった。
「下を見たら、目がくらむから、見ないようにね!香里!」
「下にも、僕のペットがいるよ。」
「下?海?あのヒレみたいなのが見えるのは……もしや……鮫!?三匹、いや、四匹はいるわ!香里!落ちちゃ駄目よ!私の手に掴まって!」
崇子は、手を差し伸べようとした、その時だった。
「きゃ!」
 尖っていた岩が、割れてしまったのだった。
「香里――っ!!」
「きゃああああああ!!」
と、香里は海へと真っ逆さまだった。
 すぐに、鮫達が、海に落ちた香里の所まで泳いで来る。
「うぐっ!」
香里は、水中に引きずり込まれた。
「う、きゃああああああ!!」
「香里!そんな!香里!」
香里は、鮫の餌食となってしまった。海面に浮かんできたのは、二足の、香里のストラップ付ローファーと、ずたずたに引き裂かれた、靴下と服だけだった。
「やあ。言っておくけど、後は君一人だけだからね、崇子ちゃん?」
「そんな…そんな…。」
 サカキは、にやけている。
 ここで、崇子は暫く立ち竦んでいた。そして、地面に膝をついて、土下座をした。
「お願い!許して!まだ、死にたくない。私、あなたには、とても申し訳無かったと思ってる。」
 命乞いだ。
「顔を上げていいよ。」
「えっ?」
崇子は、言われた通り、顔を上げた。
「崇子君。俺は、実は、……。」
「実は?」
「実は、俺は、人間じゃないんだ。」
「ええっ!?」
「俺は、そう、人間の姿をした、妖怪だ。」
「えええっ!?そうなの?」
「ああ。それもな、この平成日本で言う、酒呑童子みたいなものかな。多くの、日本人の男の、ある価値観や思惑が強まってから、その考えを持つ、人間の男達の心が生み出した、妖怪だ。そう、不死身な妖怪人間なんだよ。分からないだろうがな、事実、そうなんだ。」
「妖怪?日本人男性の、ある心が生み出した?妖怪……!?」
崇子は、目を大きくして、両手で口を覆った。
「まあ、向こうでじっくり、訳を話そうか。向こうに小さな洞穴があるから。君が一度、俺を殺したのは、まあ、一つの自己防衛としてだから、ここは、……許そう。」

「え?そうなんだ。草食系男子と言うか、女性や恋愛に興味を持たない、また持ちたがらない男の子、結婚したくない男の人が、増えたから?」
「そうだ。恋愛や結婚などには、確実な答えがない。正解がないんだ。だから、現代の男、または女でも、恋愛や異性に目を向けもしない、そんな人間が昨今は特に増えている。異性に尽くさなければ愛想を尽かされ、尽くしたら尽くしたで、飽きられて捨てられる。恋愛とは、どっちつかずなものだとな。そう考える男性も増えている。」
「そう。でもそれ、何だか分かる気がするわ。今時の、若い女の子、特に可愛い子や、綺麗な人は、勝手気儘な子が多いかも知れない。でも……。」
「でも?何かな?」
「そんな子ばかりでも、ないと思うわ。香里は、可愛くても引っ込み思案で奥手なだけで、悪い子じゃなかったし……。悠子は、勝手気儘な面もあるけど、根は悪い奴じゃなかった、きっと。美智は、黒縁眼鏡の似合う美人だけど、とても勤勉で真面目だし、他人中心で、見識も広かった。でも、三人とも、もう死んじゃったけど……そして、唯一、生きてる、この私は……私は……。」
「君も、可愛いよ。いや、君は、特に可愛い。そして、いい娘だ。」
「そうかな?でも、…自己防衛で、思わず…あんな事を。」
「誰でも、やけになる事はあるし、誰もが心に闇も持っている。その闇に支配されない、聖なる強い意志が、人間には必要なんだ。」
「聖なる、強い意志?」
「ああ。人の心には、プラスがあれば、マイナスもある。光ある所に、必ず影あり、だ。百パーセントは、この世に有り得ない。百パーセント性格の良い者も、悪い者もいない。百パーセント賢い者も、愚かな者も、百パーセント、健康な者も不健康な者もな、この世には存在しない。最善の努力を尽くしても、百パーセント以上にはなれない。努力が必ず報われるとも限らない。」
「確かに、そうね。」
「そうだ。男らしくしっかり者でいる事、女らしく素直でいる事についてだが、そうすれば恋愛や結婚がうまく行くと言う保証は無い。男らしいお陰でうまく行く場合もあれば、男らしいせいで損をしたりする事もある。後者を、都合の良い人間とも言うがな。努力と言う希望ばかりではなく、生まれ持った扇子や才能、そして、最後には運とやらも、付き物なのだ。この世の事象は、限りなく広い。絶対とか、確実なんてものは、ないんだ。」
「……。(コクン)」
崇子は、黙って頷いた。
「でも、サカキさん。あなた自身が援助交際をやってるのは?」
「ああ。それはな、多くの小童(こわっぱ)を、試していたんだよ。」
「試してた!?の!?」
「ああ。最近は、どんな子がいるかな、とか。何パーセントが、裏で、ヤクザなどのヤバい人間が絡んでいるか、百の内、美人局(つつもたせ)はどれぐらいか、とかな。」
「美人局にも会ったの?」
「何度か会いかけたよ。三百人以上と援助交際したのでな。だが、返り討ちにしてやった。俺は、身体能力も無限大だからな。地方公務員と言うのは、嘘だ。だが、二十科目以上もあある公務員試験の問題集も、数年分の問題は、丸暗記している。数学や物理は、公式を全て覚え、数的推理や資料解釈等は、あらゆる脳トレをしながらマスターした。」
「凄い、文武両道の妖怪さんね。文武両道の権化でもあるんじゃない?」
「まあ、主には硬派な考えを持つ男達の心によって自然と作られた、不老不死の妖怪だからな。公務員にも、弁護士にも、医者にも、なろうと思えばなれるだろうし、プロのアスリートにもなれる。そしたら、あの天才イチローをもきっと超えてしまうだろう。ケンブリッジ大学ハーバード大学も、この俺なら恐らく、大学院まで主席卒業だ。」
「私の理想の男性像。それをまた遥かに超えてる。」
「だがな、俺とは結婚出来んぞ。人間ではなく、人間の男の姿をした、妖怪だからな。」
「だよね。」
「ところで、腹、減っただろ。鰐の肉だ。食うか?なかなか美味いぞ。」
「ありがと。……もぐもぐ……あら、思ったより美味しい…かも。」
「だろ?」

「成る程。元来の酒呑童子は、そんな妖怪だったんだ。」
「ああ。ハンザムで魅力的でモテモテだった男だったが、言い寄って来た女子(おなご)達を相手にしなかった事で、ある日、その女子達の怨念のガスを浴びて妖怪となり、一人の娘をさらい、大江山に立て籠もった。だが、最後、金太郎こと、坂田金次によって退治されたと言う話だ。それが、昔の、酒呑童子と言うものだ。」
「へえ。」
「ああ。」
「ところで、この島にいる、ペットって?」
「ああ。鰐と、狼三匹と、四匹の鮫達。それだけだ。赤ん坊の頃から、俺が育てたんだ。」
「そうなんだ。凄い。猛獣使いでもあるのね。」
「まあな。だが、ヨーロッパから拾って来た狼は、割とすぐ懐いたんだが、鰐と鮫は、なかなか懐かせるには苦労したよ。実はな、鮫や鰐に、俺も一度、喰われてるんだ。でも俺は、死んでもすぐ生き返ってしまうから、排泄された後に、ムクムクと元通りの姿に戻り、再び彼らの所へ行って、また懐くように、距離を取りながら何度も仕込んだ。」
「そうだったのね。鮫や鰐は、なかなか人間には懐かないイメージだけど。」
「基本は、懐かないよ。滅多にね。あれでも、鰐は爬虫類の中では一番賢いんだ。鮫も、あれはホオジロザメなんだが、魚介類の中では、とても強くて、そして、知能も高いからな。イルカやシャチには、賢さでは少し劣るかも知れんが。」
「イルカやシャチって、人間は食べないんだよね。」
「ああ。シャチは、噛み付くだけだが、怒らせると狂暴だから、かまれると出血多量で死ぬ者もいる。イルカは、魚介類ではなく、水辺の哺乳類だ。水族館でよくショーに使われてるだろ。賢くて、仕込めば芸もするのは、イルカだな。
「うん。小さい時、イルカショーなら、見に行ったわ。」

「もう、いつの間にか夕方になっちゃったね。お母さんとお父さん、弟は、何て言うだろう?」
「俺に誘拐された、監禁されたとでも言っていいぞ。刑務所に入るのも、俺は全然怖くないからな。死刑になっても、生き返るしな。ところでだ、イカダなら、あるぞ。向こうの海岸に、もう一つ、小さな洞穴があるから、そこにしまってあるんだ。帰りたければ、帰るといい。良ければ、送るぞ。どうだ?」
「ありがと。でももうちょっとここにいたい、かな、なんて。」
と崇子はまた笑った。
「そうか。」

サカキと崇子は、ボートを漕ぎながら話している。
「ねえ、サカキ。世界の終わりが来ても、生き続けるの?」
「かもな。いや、分からん。本当に死ねる方法がはっきりしていないんだが、した事ない事が、ある。」
「それって、何?」
「それは…な…。」
「それは?」
「そうだ。俺は、童貞なんだ。した事ないのは、セックス、それと、結婚だ。」
「そうなの?」
「ああ。いつも、セックスしようとしたその手前で、俺は姿を消すか、または、わざと娘っ子に殺されてみたり、いつもそれだったんだよ。」
「じゃあ……。」
「ああ。処女とでもセックスすれば。永遠に、死ねるかもな。」

「じゃあ、ここでね。送ってくれて、ありがとう。」
「いやいや。会いたければ、いつでも連絡してくれ。いい男が見付からなかったなら、その時は、俺が、いつでも待ってる。」
「うん。じゃあ、きっと、分かり会える素敵な人を、また、探して、探してみるわ。でも、永遠の眠りに付きたくなったら、いつでも言ってね。」
「ああ。」
「私がお婆さんになる頃には、あなたが、タイムマシンを開発してるかも?いや、もしくは、あなたは、もう既にいなくなってるかも知れない。」
「そうだな。その二択になるかも知れんな。」
「じゃあね。サカキ。」
「ああ。その時は、若返る薬も、開発してるかも知れぬ。タイムマシンを使えば、死んだ者も、取り戻す事は出来るかも知れぬが、それには他の者に代償が起こる場合もありそうだから、じっくり考えさせてくれ。」
「うん!それじゃ、さよなら!サカキ。」
「ああ、さよならだ。崇子。」
 帰路につく崇子を、サカキは暫く見送っていた。

【シゴトライ】